ちきうアネクドート

仕様でどうしても消せないが、リンク先の婚活業者はココとは無関係です。

イケメン・ツァーリ1

 

マリーシャは、ここまで小用を足しにくるのに、3人の男の許可を必要とした。

壊れかけたドアに、鼻を衝く強い臭気。

こんなトイレを使うくらいなら、雪原に放尿したほうがマシだ。

マリーシャは、雪原に放尿したことが、無いとは言わない。すごく子供のころだけど。ただ、大人になってから、したとしても、誰も見てないだろう。あんまり人がいないから。

ルシアの生活は貧しいが、誰にも干渉されなかった。

毎日違う男の相手をさせられることもない。

街にいたのは、酒瓶を持ってうろつく、無能だが、気の良い酔っ払いたち。

近隣の人たちは、極寒の中で、いつか良い暮らしができないか、夢を見ていた。

運がよければ、誰かが、新しくできた隣町の工場の仕事を取ってくる。

たまに軍のリクルーターが回ってくることもあるが、酔っ払いは相手にされない。

しかしアメリカのルシアマフィアの巣窟では、勝手が違う。

ここでルシアの有能な男は、他人からどれだけ小銭を巻き上げるかの才能を競っていた。

マリーシャが耳にしたところでは、麻薬取引、兵器の部品や銃の密輸、ハッキング。

どれもまずまずのオツムと細心の用心が必要な取引だ。

もちろんこの仕事もそう。

旧ソ連の戦乱地区から貧しい集落から女を引っ捕まえてきて、アメリカで娼館をやること。誰でもすぐに考え付く、世界最古の頭の悪い仕事だ。

そういう才能すらないボンクラには大した仕事がなかった。

だから、ボンクラは、その辺をウロウロしていた。

女たちを逃がすなという厳命の元に。

トイレの前に1人、廊下に2人、部屋の前に1人、自動小銃を持って立っている男たちがいた。

このクソ便所から帰るときに許可はいらないから、マリーシャは割れた洗面所で洗った手を、キャミソールの裾で拭きながら、黙って待合室へ戻る。

 

 

サーシャは、客を選べた試しなんかない。

客の元に送り届けられる途中の、街中で目にする、ファッション広告や求人の、男性モデルの姿。

自分たちと、同じ白人。スマートなカジュアルウェアを着こなし、故郷にいたヨレヨレのルシーア人男性とは違う。

通りを行きかう、自由な姿の女性たち。

自分たちより、ケバいメイクの人もいれば、素顔の人もいた。

白人がいて、アジア人がいれば、ブラックもいる。

スカートの丈の長さもいろいろだし、パンツ姿の人もいた。

サーシャと彼らは、何も違わなかった。この車の中にいるかいないかの違いしかない。

いつか私は、ああなれる、何の鎖も無く、1人で街を歩く。恋人や友達と街を歩く。または、ならない。

ルシーアに戻るか、どこかの街角で凍えて死ぬ。

そうして、ひととき淡い希望を味わった後、ボロい待合所へ戻った。

ボスの部屋に張ってある、色褪せたイケメン・ツァーリのポスター。ツァーリがルシーアの大統領になったのは、サーシャがルシーアを出たあとだ。彼のおかげでルシーアは、少し落ち着きを取り戻し、人々が戦下を逃げ惑う必要はなくなったという。

が、どこかから知らないが、新入りは入ってきた。いつも世界のどこかで、戦乱と飢餓があった。どこにも行き場の無い人々の群れ、国連の難民キャンプが引き取らなければ、こういうところへ流れるのが運命だった。

優しい牛が、仕事へ行くメンバーを呼びに来て、

サーシャは、かび臭い、古着の下着を引っ張って、太ももを隠した。

誰が着るのって感じの、ケバい赤。

マリーシャは、隠す気もなくて、黒のシルクのパンツが見えていた。彼女のキャミソールは、ヒラヒラしたレースの紫だ。

誰が買ってきたのか不明な、趣味の悪い彼女たちの衣装は、まとめて倉庫の段ボール箱につっこんであった。

そう、趣味の良いマフィアはいないのね、とサーシャは思った。送りの車の中から見る、街中の看板の人たちみたいな。

それをスタッフが、適当に集めて、彼女たちに渡した。客も選べなければ、下着も選べない、駄目な店よ、ココは。他の店なんか、知らないけど。

黒鼠が待合室に入ってきて、優しい牛を押しのけた。体の大きな優しい牛は、誰かが少し押しただけで、他人にスペースを空けるような心優しい男だと、娼婦たちには思われていた。

この黒鼠は逆だ。非力で他人を押しのけられなければ、懐から銃を取り出すようなタイプだ。

黒鼠は娼婦たちの前に立ち、言った。

「この中で、今の生活から、足を洗いたい奴は、いるか。

この街から、10キロメートルもいったところの、

クソ田舎の、広いフカフカしたベットで寝たい奴はいるか」

サーシャたちの周りには、いつもの仕事の30回に1回くらい、こういう話が回ってきた。そう、だいたいクソ田舎の、フカフカの広いベットだ。

都心の小さいアパートとか、そういうことはない。そこで寝たいかと、娼婦たちに黒鼠は聞いたのだ。この牢獄ではなくて。

サーシャは、手を上げなかったが、黒鼠に連れだされた。

ほとんど入る機会の無い、ボスの執務室だ。黒鼠が自動小銃を持って、サーシャの背後ろに立っていた。

ボスの机の上に、何枚か写真があった。どこかのオッサンの、ピンボケ写真だ。

「こいつはけっこう、良い奴だよ。会ってみてから決めても良いんだ」

煙草を吹かすボス。ピンボケの、何の判定にもならない資料。

サーシャは答えても意味がなかった。

ボスの言うことには、誰もノーと言ったことが無いから、誰も答えを知らない。

 

 

 

 

ビリーは、事が済むと、オプションで通訳を頼み、マリーシャと話をしたがった。追加料金で、札束をいくらか、黒鼠に渡した。

「俺は村の外れの、ジェイってやつにココを紹介された。ジェイは良い奴だ。

あんたんところに、サーシャっていう娘はいるか。確かサーシャっていう名前だった。ジェイは、その娘にゾッコンなんだ。

それで俺は、奴に紹介されて、ここへ来たんだよ。ココへ来てよかった。俺はアンタが好きだ」

初めて会ったときのビリーは、マリーシャをスマートに扱えず、黙って部屋に入ってきて、ほとんど、彼女を適当に押し倒したも同然だ。

もちろん、そんな客は全く珍しくないし、このビリーという田舎のイモ農夫は、マリーシャの顧客ファイルの中で、マシな客にソートアウトされていた。

「あんたは、何でこんなところにいるんだ。ロシアにいる家族は心配していないのか」

「そうね。あなたにどうやって説明したら良いのかしら。アバウトに言えば、ソ連崩壊の余波で、ンチェチェは独立紛争に巻き込まれたのよ。

家族はバラバラなって、どこにいるのかわからない。ゲリラがやってきてパパとお兄ちゃんを徴集していって、そのあとロシア軍が侵入してきてゲリラの掃討を始めたの。

それで、村はほとんど機能不全に落ちいった。私に帰るところは無いの」

ビリーは良くわからないという顔をしていた。それで、お返しに、自分の村のことを話した。

ビリーの村の女の子は、みんな都会に出て行ってしまって、だから寂しくて、こんなところへ来ているのだと。

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