ちきうアネクドート

仕様でどうしても消せないが、リンク先の婚活業者はココとは無関係です。

Rio Grande3


「お姉ちゃん、どうしたの、行くところ、ないの」

アロハシャツを着た、気の良さそうな男。

アドリアナは身がすくんだ。

彼女はアメリカで、2種類の人種しか知らない。おまわりか、工場主か。

彼女たちは工場を出てから、ずっと目立たないように、小さな路地や、逆に人ごみを選んで歩いた。

役人らしき人の姿が見えたら、すぐに身を隠して進路を変えた。

ナタリアは違った。好奇心むき出しの顔で、アロハシャツの男を見た。

「私たち、行くところ、ないよ。お兄さんは、何か行くところを知っているの。

私たちは不法移民なの。行くところが無いのよ。この汚い格好を見ればわかるかもしれないけど。それに、私たちは、いかにもメキシコ人っていう顔をしているし」

包丁で手を切って作業がはかどらなくなり、クビになりかけていたアドリアナは、工場を追い出された。

そこに、アドリアナに懐いていた小娘のナタリアがついてきた。

それで行き場の無くなった2人は、街をブラついていた。アドリアナの包帯には血がにじんでいた。

「行くところが無いってことは無いよ。アメリカに、メキシコ人は多いよ。とくにここテキサスではね。

不法移民じゃない、ちゃんとアメリカの居住権を持って、ソーシャルセキュリティーナンバーもある人たちだよ。

その人たちだけで、アメリカの人口の、20%くらいいるんじゃなかったかな」

 

 

ハックマンの工場は家畜を解体し、アンソニーの工場はハックマンの工場で解体された家畜の肉を、業務用にカッティングして、パックに詰める作業をした。

ウィルビーは次にここを訪れた。

「確かにここの給料は安い。それは気の毒だ。

俺だって本当は、アメリカの労働者と同じ賃金を払ってあげたい。

ただ彼らは、危険な国境を超えて、アメリカにくるだけの動機があるんだよ。

メキシコシティの生活は苦しい。田舎はとうに収益率の良い麻薬栽培に切り替え、麻薬カルテルに牛耳られている。

彼らはアメリカで働けるだけでも幸せなはずだ。

俺は彼らの働く権利を守りたい」

アンソニーはいかにも、善良そうな顔をしていた。

彼は従業員に温情的で、故郷から送られてくる従業員向けの手紙も捨てなかったし、休日の外出も許した。

「それじゃあ、あんたは、アンチアメリカなんだな。

あんたは、どうやら、ならずものメキシコ人に、疑似家族みたいな保護感情を抱いている。

メキシコ人のゴットファーザーってところかな。

実際、あんたはここで妊娠して出産した従業員の子供に、アメリカふうの名前を付けてやったらしいじゃないか。

産婦人科への入院費用まで、払ってやって。

どうして、メキシコの奴らがならず者なのか、分かるか。

奴らは次から次へとアメリカに押し寄せる。時給200ペソで嬉々として働く。

あんたらのせいで、労働法に守られた時給600ペソのアメリカ人労働者は、働く場所がなくなるんだよ。

あんたはアメリカ人の値段を不当に下げてる、悪魔みたいな奴だよ。

自分のことを善人なんて勘違いするな。

お前の同情心は倒錯している」

 

 

 

アドリアナは、アロハシャツの男の、スキを見て逃げた。

彼女たちが、事務所のソファに招かれて、座っている間、トイレに立ち、帰りの廊下で、アロハシャツがマフィアらしき男と立ち話をしているところを見たからだ。

ナタリアはどうしようもない。

アドリアナを慕ってくれたが、どうしもようない。

ナタリアは胡散臭いアロハシャツの男を、自分の境遇を劇的に良い方へ変えてくれる救世主だと思っているし、何を言っても無駄だった。

事務所は、壁際の大きな水槽に熱帯魚が泳いでいたり、床一面に花柄の絨毯が敷いてあったりして、アドリアナが座ったことの無いような豪奢な空間だった。

アドリアナだって、それに酔った。

鮮やかな色の熱帯魚に吸い寄せられ、自分も街角を行き交うアメリカの人々のように、シャレた服を着て堂々と街を泳ぐこを夢想した。

喉から手が出るほど欲しい、アメリカの居住権。

アドリアナはただのメキシコ不法移民だ。

アロハシャツは、アメリカ国籍をもった、何らかのビジネスの担い手で、彼の方が現実を変える力を持つ。

ただし、良い方向へ変えてくれるとアドリアナは思わなかった。

アロハシャツにも、工場主と同じタイプの臭いがした。

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