ちきうアネクドート

仕様でどうしても消せないが、リンク先の婚活業者はココとは無関係です。

インダストリアル・ドリーム1

 

「俺は、彼女が気になってしょうがない。だけど、向こうは俺に気がなさそうだし、俺はこの工員の中で特別、群を抜いてるって感じでもない」

前に誰かが工作機械で手を切って大参事になったから、チュンたちは仕事中の雑談は止めた。僚友と話すのは、行き帰りの徒歩きとか、寮でのダベリとかだ。

「仕事中毒ってやつじゃないか。ココは社宅完備型で、体に悪いよ。

敷地外に出て、外の空気でも吸って来れば。少し歩いて、人民広場で、婆さんの太極拳でも見て来いよ。その子の40年後の姿だよ」

夢の無い男だな、彼は女に振られたばかりで気が立ってるんじゃないのか。ほっとけよ。コイツのは、ただのマザコンじゃないのか。

「この殺風景な工場の中で、女の子が特別なものに見えるのは普通だよ」

「南の島とか行けば、裸の女なんて、その辺に寝てるよ」

チュンはあくまで夢がなかった。夢とかあるの、こんなところに。っていうか、この世界に。

オイオイ、世界かよ。話が唐突に世界まで一直線かよ。だってここは世界企業の下請けで、俺たちの作った製品は世界のどこでも売られてる。

「そんなリゾートに行く金があればの話だろ。それに、お前はパンツ穿いてるのか」

「お前は穿いてないのかよ」

「海水パンツは持ってないよ」

「100ペソくらいで買えるだろ」

「高いのは海水パンツじゃないんだよ、パスポートや旅費だ。ポリネシアとか、南の島なんて、全部、英連邦かアメリカ領だよ。それかブルネイみたいに石油が出るか、レアケースしかない。そんなの、地政学的、貴族に憧れる乞食だよ」

「だったらココに誰かが原爆でも落とせばいいだろ。南の島並みに人口が減るし、若くして白血病で死ねば、老後の心配もない」

「基地なら南沙諸島とか、俺らが埋めたててるのがあるだろ」

「あれは軍事基地だよ。中国の海洋リゾートなんて金持ちの予約で100年先まで埋ってるんじゃないのか」

「金持ちは中国のリゾートなんか使わないよ」

「原爆実験ならウイグル自治区の砂漠かどこかでやっただろ。

この中国全体が南の島になんかなった試しはないんだよ。五系四書だの、屁理屈を作り出して、支配者はタチが悪い奴ばかりだ。こう見えたって、今は一番マシなんだよ」

「何で中国は南の島になれないんだよ。大陸は魚が取れなくて、ヤシの実とかなってないからか。中央集権になりやすい広い盆地だからか」

「だいたい、タチの悪い人種は大陸に集中してる」

「ソレ、海洋国家のエリザベス女王の耳に入れたら、爵位貰えるよ。タチの悪さでイギリスの海賊的手法に敵う奴はいない」

俺は、エリザベス女王に会えるのか、13億の中国の工員の代表です。だけどエリザベス女王は、ウチの首席と違って、そういう売り方はしてない。薄汚い労働者の代表と会うとか、無さそうだろ。

「素っ裸の原始人はありがたみがないよ。見れそうで見れない女子高生のパンチラ、そういうのが刹那的でいいだろ」

「そういうのって、資本家の手先だよ」

「そんなことないだろ。女の趣味なんて、賭博にいくら賭けるかと同じで、好みだよ」

「南の島に行きたいなら、行ってくれば。誰も止めない。ここの工員の競争率は高い。お前が消えれば、誰かが助かるよ、トラックの前に列作ってる民工とか」

「無理だよ。ポリネシアにだって、パスポートはあるんだから」

「人類学者にでもなって行けば」
「大学に行く金と頭があればだろ」
「伝統工芸の修行させてください」
「それが許されるなら、その辺のクーリー(苦力)は、全員そっち行くよ」
「それで今度は南の島が人口爆発してゴミの山になるんだよ。夢の島みたいに」

夢の島はバブル期に東京湾にあったゴミの埋め立て場所だ。何で俺たちそんなこと知ってるの、俺たちは反日じゃん、一応。

日本でゴミなんだから、いいんじゃないの。

 

 


誰かが寮の屋上から飛び降りて、この中の誰も現場を見たわけではない。が、自殺したチャオは、全員、顔見知りだった。どこかで見たことがある、ああ、あいつ。

他の誰かが少し遠出して買ってきた雑誌に、その件がデカデカと出ていた。スゲエ、俺たちの工場が世界誌に載ってるよ。

「アイツ女に振られて死んだんじゃねーの。この工場、スキャンダルになってて笑う」

「だけど黙ってれば待遇とか改善されるだろ、何も言うなよ」

アップルの下請け工場での、従業員の連続自殺事件、トヨタ工員の秋葉原通り魔事件など、

事件を起こした人が工員である確率は普通だ。

犯罪者が多いか少ないかと言えば、無職より少ないんじゃないか。真面目に工程をこなす従業員だ。

「気を付けろよ。経営陣のスパイがいるよ」

「例えば、誰だよ」

「お前とか」

当初は、雇っていた会社が命を削ったのではないか、という報道が出やすい。

それがアイ・キャッチだし、資本主義の行き過ぎに警鐘を発するのが、社会の木鐸の役目だ。ソレで株価が落ちてるんだか、落ちてないんだか、チュンたちにはサッパリだった。

俺たちは株なんてやってねーし、せっかくの休みに、そんなのやってる暇はない。ココに自社株を配る制度はないし、だけどスラムには、スマホ片手に一日中株をやってるのがいるらしいよ。


「そう思うなら、お前がスパイしてきますって経営陣に言って来いよ。俺だって、その程度のことで、いくら貰えるか知りたいよ」

恋人に振られて、社宅の屋上から地面に飛んだ。南無阿弥陀仏

そんな手合いは、ロミオとジュリエットの昔からいたのかもかもしれない。ソレは違うシナリオだろ。

そこまで恋に夢中になれること自体が、羨ましくないか。