すみま千円(漱石のほう)

レポート置き場かな?宜しくお願いします。

受験と、体制に絶対性を感じる人たち

アイデンティティ=IDか?

パスポートや人権=アイデンティティ(個性、本人のプライバシーと一体化した情報)ではなかったが、

コレが近似してくるのが、ネット社会だろうか。

ID は identification の略で、本来は身分証明とか身分証明書のこと。

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今の教育制度が要らないと思ってるけど、 スポーツと同じなのか。

続けられるのは、楽しかったり報われている実感があるから。

スポーツは結果が目に見えるけど、報酬かランクがつかないと学校の勉強はしない。

「小学校は点数」「受験は偏差値=ランク」の違いくらい。

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彼はプロ並みの才能があって、奨学生か何かだったんだろうけど、社会人になっても枠がなくて困ったらしいです。ある種目に特化された身体能力は、唐突に他で通用しないって。

 

受験にハマるのは「体制への忠誠度ではなく、デキて、嬉しい山猿根性」

周囲の人に学歴のメリットを否定しきるだけの根拠がなければ、続けざるをえない。

興味あるのは:福利厚生です、給料です。

 

無駄なことをしたくない人は、努力信仰がマヂ迷惑なんですけど、コレにはまっている人は多いです。

卒業生の実績とか、ブランドを高めたい進学先サイドが意図している、潜在能力、知能審査を、半分くらい受験テクニックとか努力でカバーしてくる人がいるから迷惑で、この2つは、方向性が違う。

 

逆に努力する人を評価するのに、テストが最適か?

だって受験テクニックって、ツラクナイ努力を売りこむと、塾とか学校の実績が上がるもん。

この2つって、イデオロギー的に違わないか。

 

普段は教養が溜まったり、ダイレクトに将来につながりそうなことして、無駄科目を勉強しなくていいが、

能力そのものは高い人が集まる学校はニーズがありそう。

ソレ、勉強しなくても受かる天才と同じなん。名門って全部そう?

田舎者のボヤッキー

 

内申に書くボランティアとか体験学習に全部、違和感しか感じなかったのは、現場の人が持ってる感覚とか、業界情報とか全く知らないせいかもしれない。

給料が安かったり、クレーマー客が多かったり、必ずしも報われてないから、ソレ言うと、就活生、こないし。

 

 

あとつきあいや専門の方向性を選ぶのもあるし、留学とかしますか?

これまでの受験生は多分、体制に絶対性を感じていそう。

 

 

能力のある人が体制に、つながらないなら、世界のほうへ志向を広げるのは、スポーツ選手が頂点を目指すのと同じなんだろう。

例えばコレと、海外留学に積極的な国の違いは、まあ資金力なんですか。

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アフリカ、インド辺りは、教育、研究施設を誘致して、有能な人材を使わせてあげるタイプな気もします。

 

 

日本のお役所って、リスク回避型の、文化人サロンのようなイメージ、

世界の役人コレクション:

中国版の魂斗羅のプレイヤーのアイコンは中華弁公室の自撮りおっさん率が高く、アイコンをコレクションしている。でもって日本語での魂斗羅記事の読者も今までになく偏っている様子。改めて魂斗羅は国境を越えたオッサンホイホイだと知る。

 

7ヶ月間くらい、民間企業としてケニアの役人(保健省)と深く関わったのだが、「一部を除き、役人は金と地位のことしか考えていない」「予想の斜め上で金を吸い取られる」。この印象が変わることは一度たりともなかった。民間企業が公と何か一緒にやるのは全力でオススメできない。(※ケニアの場合)

 

 

例えば、クラス(階級や地位)にこだわっている人たちが、ソレを下げることに抵抗があるか、生活水準(収入)の問題なのか。 

判断材料が少ない頃は、単に判断が面倒臭いし、体制には絶対性を感じるから仕方がないと思います。

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国会で盛り上がってるのは公的資格を取るのにどういうルートを取り、投資した見返りに、将来性がどれだけあるか、その集合体の社会的な効用、みたいなことだった、当初は、ですが。

 

自分が社会的な地位が欲しくて難関資格を探したのは、生活が安定して最低限の敬意を払われたいからでしたが、他の人もそうだと思います。

逆にバイトが最低限度の敬意を払われれば、そういう動機も薄れるような気もします。

 

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士農工商(つまらない仕事ほど地位が高い、今でいったら、人が来ない仕事は自給が高い)ってのは合理性はあるが、ってことは農作は普遍的につまらない作業なのか?

 

苗を植えるのも、車を作るのも、小規模なら楽しいけど、機械作業になるとキツイ、

そのキツイ部分を未来へ行けば行くほど、マシンがになってくれるんですが。

仕事は楽しくやろうは、1つはこういう背景で出てるだろう。

 

趣味のブログは外で好きに書いたほうがいいかなあって思っています。

業界予測を当てた営業のほうが、カリスマ営業ではないか。

 昨今の企業は、日本人のオタク気質が全く生きていない、社員がブログを書くななど、実質上の限界令で、だからバタバタ倒れてんでないか。

 

仕事が好きなら、いい意味で仕事が好き、という方向へ行ってほしい。

 脈絡がなくて、すみません。