ロベルト・ボラーニョ
白水社
2015-06-04
南米で、ナチスに関係していたり、ナチスを称揚していた文学者、詩人の事典になっています。
全ての人物が架空です。ということは、実際は南米にナチのシンパの文学者はいないのだろうか。架空ですが、「第四帝国社」とか「鉄の心」というような出版社があるのは笑ってしまいます。
解説にも書いてありますが、南米はヨーロッパ文化の影響を受けています。ナチスドイツが第二次世界大戦で敗北したあとは、ナチスのメンバーは人道に対する罪で国際裁判にかけられますが、一部の党員が南米に逃亡して潜伏していたことで有名です。
こういう事典が日本人の例えで書かれていたら、「いるかも」「なるほど」と思えるかもしれません。しかし南米の知的流行に詳しくないので、ピンとこなくて、読書メモもぼけたものになりがちです。ナチスに惹かれる人には何か共通点があるのかと思いますが、必ずしも、そうでもなさそうです。誰もがナチスの誘惑からは逃れられないのだろうか。
冒頭に載っているアルゼンチンの詩人は、反動的な詩を書いて国内で論争を起こしたあと、ヨーロッパに渡ってヒトラーに会い、赤ん坊を抱いてもらったというエピソードがあります。その子供も詩人ですが、ヒトラーに抱っこしてもらったことを大切な思い出にしています。
はたまた、あるコロンビアの文学者は、ヨーロッパに渡って社交界で生きていましたが、アカの恐怖と戦うという名目で、スペインの反共戦線に参加します。
あるブラジルの文学者は、ヨーロッパの哲学者に反駁する書簡をいくつも発表して、カトリック界に歓迎されます。
あるキューバの文学者は、段落の最初の文字を並べると「アドルフ・ヒトラー万歳」「この小国のクソったれ」などとなるような小説を書き、扇情の罪で投獄されたりします。
「スペイン内戦は真実の瞬間である。フェルナンデス=ゴメスは熱狂し、果敢に身を投じるが、いつも傍にいるスビエタが重荷であると直ちに気づき、未来の読者にもそう伝えている。一九三六年のマドリードを再現した箇所では、スビエタとともに、赤の恐怖から身を隠している友人たちを探して亡霊たちの間を亡霊のごとく歩き回ったことや、ラテンアメリカ諸国の大使館を訪ね、覇気のない職員の対応を受けるが、情報はほとんど何も得られなかったことが、心を動かす迫真の筆致で綴られている。フェルナンデス=ゴメスはすぐにその異常な事態に適応する。軍隊生活、前線の過酷さ、行進と背面行進が、彼の精神状態、気力を損なうことはない」(49ページ)
最初は、ナチスドイツ亡き後に出てくるナチスというのが、どういうものなの知りませでした。「ナチスって、なんかヤバイ」で終わっていいのかが、不明でした。
南米は人種の坩堝で、白人がいます。ナチスドイツはアーリア人を至高の民族としていて、ユダヤ人やロマを差別していましたが、現在のナチスもそういう傾向があるのだろうか。南米諸国で極右が政権をとると、白人が優遇されるのか。アメリカでは黒人ラッパーのカニエ・ウエストがナチスのシンパみたいな言動をして物議を醸していました。
この本に載っている多くの事例を読んでいると、どういう芸術活動がナチスと呼ばれるのかが、何となくわかるようになってきました。スペイン統治時代に戻るべきだという人もいれば、アートとして強制収容所を制作する人もいます。以下のように、役満の意見を持っている人もいますが、例外的です。大抵の人は、普通の芸術活動の中に、わずかにナチスの要素が混じっています。
「彼が若い頃に提言したことのなかには、異端尋問の復活、公開体刑、相手がチリ人であろうがパラグアイ人やボリビア人であろうが、一種の国民的スポーツとして絶え間なく戦争を行うこと、一夫多婦性、アルゼンチン人の血のさらなる汚染を防ぐためのインディオの殲滅、ユダヤ系市民の権利の縮小、スペイン人と先住民が長年にわたり見境なく交わったあげく黒ずんでしまった国民の肌を徐々に白くするための、北欧諸国からの大量の移民受け入れ、作家に対する終身助成金、芸術家に対する課税の免除、南米最強の空軍の創設、南極大陸の植民地化、パタゴニアにおける新たな都市の建設などがある。
彼はサッカー選手であり、未来派の詩人だった」(57ページ)
南米の文学史はとくにヨーロッパの影響を受けてきたと思いますが、白人文明ともいえます。よってそういう発想には意外と近いものがあるのだろうか。トランプの側近だったスティーブ・バノンは「西洋文明を移民の影響から守らなくてはいけない」という思想を持っていたそうです。
ほとのどの作家の項目が事典形式ですが、最後のラミレス=ホフマンの項目だけは、「僕」(ボラーニョ)が書いています。「僕」が刑務所に入っていたとき、ラミレス=ホフマンは戦闘機に乗って、空に文字を書くという芸術をやりました。後年、ホフマンは違法なポルノの撮影をし、俳優や監督を殺し、逃げていました。ロメロという刑事はホフマンを追っていて、それらしき人物を見つけ、「僕」は、ロメロから、人相を確認してほしいと言われます。