隠居生活

読書メモです。真面目に書き始めたのは2026年からです。最新の投稿は書きかけです。5年以上前の過去記事は、自分用のメモにつかっています。

the whistler

The Whistler: The unputdownable crime thriller from the number 1 Sunday Times bestselling author (English Edition)
Grisham, John
Hodder & Stoughton
2016-10-25
 
アメリカの公的部門には、裁判所の腐敗を調べる部署(board of judicak sonduct)があるようです。
インディアンの保留区のカジノが、近年、流行っています。
インディアンの部族が独占的にカジノリゾートを作り、多くのお金が流れ込みます。
マクドヴァーという裁判官が、タパコーラのカジノの開発に噛み、裏金をもらっているという告発がありました。
保留区でもカジノには反対運動がありましたが、反対運動を主導した神父が殺され、ジュニア・メイスは、その濡れ衣をかけられて投獄されていました。
事件性があればFBIを巻き込むこともできますが、BJCだけで大規模な捜索を行うのは無理です。
グレッグ・メイヤーはこの件の告発者(whistler)です。しかし突如、行方不明になり、身の安全が危ぶまれていました。
ヒューゴとレイシーはBJCで働いていますが、ある日、情報提供者から連絡があり、インディアン保留区に赴きます。人が一人死に、捜査が進展し始めます。
 
 

アフター・クロード

アフター・クロード (ドーキー・アーカイヴ) (DALKEY ARCHIVE)
アイリス・オーウェンス
国書刊行会
2021-09-18
 
ハリエットは毒舌です。
フランス人男性のアパートに居候したりして、うまいこと生きているようなのですが、冒頭で破局しています。
「捨ててやった、クロードを。あのフランス人のドブネズミ」(7ページ)というのは、よくよく読んでみれば、アパートを追い出されたということでした。
 
他の観客がまだいる中で、おそらく多くの人は感動しているであろう映画を大声でくさし始め、恋人のクロードに一緒に映画に行くのが恥ずかしいと言われます。しかし彼女は全く気にしているようではありません。神経が太いのかも。
 
「やつは返事をしたのかもしれないが、キリスト、そしてあっけにとられている観客の批評力とを同時に一層した天の雷鳴に打たれ、人間のやりとりはことごとくかき消された。場内の照明がつくと、あたしがいたのは緊張病患者の病棟だった。
「助かった」二人でよろよろと通路に移動しながらあたしが言った。「あのおかま、絶対死なないんじゃないかと思ったわよ」砲弾ショック患者どもがこっちへ向けた視線といったら。やはりかなりまいっているクロードが、ぼんやりとドアを押した。
ほかのゾンビどもと、映画館からマンハッタンのアッパーウエストサイドの地獄へとゾロゾロ出ていった」(8ページ)
 
2人が見ていたこの映画は、有名なパゾリーニのキリストの磔刑の映画らしいんだが(そんな映画があると、聞いたことがある気がします)、彼女のくさし方はシビアで、今後、この映画をまともに見れなくなったと翻訳者も書いています。
 
彼女は人の気持ちは押しはからないが話しは面白いので、友達は少ないがいます。
互いに好きなことを話し、利害が相反していないので成り立っているのかもしれません。
テレビドラマとかに出せば笑いが取れそうです。
 
 

ゼアゼア

ゼアゼア
トミー・オレンジ
五月書房新社
2020-12-20
 
 
「インディアンの頭があった。あるインディアンの頭、羽飾りを着けた長髪の頭の絵。誰が描いたのかは分からない。1939年のインディアンの頭の絵は、1970年代後半までの番組放送終了後に、アメリカ中のテレビに映し出された。インディアンヘット・テスト画像と呼ばれている。テレビを点けたままにしておくと、440ヘルツの可聴音ーー調音に使われるーーが鳴り、そしてインディアンが現れる。四隅に円が一つづつ、中央には二つ重なり、ライフルの照準器越しにのぞいているようになる」(9ページ)
 
ネイティブアメリカンは入植者に酷い目にあい、虐殺され、住処を追い立てられ、その責任の一端はアメリカ政府にもあります。後の補償などの政策は、彼らのルーツを保護するということと、他の国民と同化してもらうということの間を揺れ動いてきたようです。
 
インディアンには保留区があり、しかし都心へ出てくる人のほうが多くなっていると解説に書かれています。都心でも自らのルーツを忘れないように、または親睦目的で、インディアンのアイデンティティを確認するパウワウというイベントもあるようです。
小説内では、初めてコスプレをして参加するオーヴィルたち三兄弟もいれば、その売り上げを盗めといわれるカルヴィン、銃を持って乗り込む計画をしているオクタヴィオがいます。
 
「インディアンの格好をします。羽飾りとかビーズとかそういうやつ。踊ります。歌って、これくらい大きいドラムを叩きます。インディアン的なもんを買ったり売ったりします。ジュエリーとか服とかアートとか」と答えた。
「なるほどね。で、目的は何なんだよ?」とオクタヴィオが聞いた。
「金っすね」と俺は言った。
「じゃなくて、ほんとうは何のためだよ?」
「わかんねぇっす」
「まじで聞いてんだよ」
「金っていってんだろ」と俺は言った。(33ページ)
 
オーパルとジャッキーと母親は、父親から逃げて、インディアンの緒部族が占領するアルカトラズの刑務所の跡地に滞留します。そこの人々は、やぶれかぶれに生活していて、ティーンエイジャーが妊娠することもあります。ジャッキーも、そうした被害者の1人で、子供を養子に出したり、生き別れたりして、酒浸りになって生きていました。そして初老になったジャッキーには孫が3人いて、妹のオーパルが育てています。
 
 
先祖が虐殺されたことは、自分の人生の、うまくいっていること、またはうまくいっていないことと関連していると感じられるか。
現在のアメリカでは、テロの現場に居合わせた人や学校で銃撃事件があった学生がトラウマを負っています。先住民の被害は、そうした事件の経験に似ているといいます。普通、自分の人生にあった悪いことだけでも手一杯なのに、先祖に起きた悪いことまで考えると、収集がつかなくなりそうです。
そういう話をとくに知りたいと思わなくても、見てしまうこともあります。かつてアメリカでは、白人のヒーローがインディアンを撃ち殺していくような映画がよく流されていました。
 
インディアンの血筋を引いている人が、これまでの人生や今の生活の何かについて語り、謝礼を払って、それを記録するという事業を思いついて、補助金をもらって撮影を始めるエピソードがあります。
 
「彼女が話してくれたのは、ぼくたちの先祖はみんな生き延びるために戦い、彼らの血はほかの人々の血と出会い、子どもたちが生まれたのだから、忘れればいい、みたいなことだった。自分たちのなかに息づいていても、忘れればいい、って」
「まぁ、それはなんとなくわかる気がする。でも、やっぱ分かんないんですよ。その、血とかそういう話って、まじで分からない」(193ページ)
 
ここに出てくる人々の生活には、メディシンボックスを作るとか、少し伝統が取り入れられていることもあります。誰かに呪われたと思って、高熱にうなされることもあります。
 
「ネットが登場して、というか俺がネットを使い始めたときって言った方がいいかもしれないけど、アリゾナの砂漠の背が高い白いやつらって検索してみたら、いるんだよ。トールホワイトって呼ばれてる。エイリアンなんだよ。ジョークじゃないって。自分で調べてみろって」とハーヴィーがいう」(197ページ)
 
 
 
 
 

99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る

99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る
岩佐 大輝
ダイヤモンド社
2014-03-24
 
被災地の人々がどれだけ絶望と戦っているのかは、想像もつきません。田舎では勉強のできた人はみんな外へ出て行ってしまって、地元の経済の立て直しなどもどうしたらいいかわからないことが多いそうです。著者は起業家だったので、被災地でも自力で収益を上げていくことができます。
 
「うまくいっているときに差はつかない。勝負を決めるのは困難の中に何かを見出し、実際に行動するかどうかである」(30ページ)
 
最初のほうは精神論が書いてあるのかと心配しましたが、本文には実際の行動が次々に書かれていて、読みやすいです。著者は被災前から事業をしていて、MBAをとったりしているので、行動の仕方をしっています。それが被災して地場産業全滅といった現実の中では魔法のように見えます。設備投資をして品質を高め、労働環境を改善して労働者を集め、ブランディングをし、着実にマーケットに届くように工夫します。
 
著者の実家のあった山元町は、イチゴ栽培が主な収入源でしたが、津波で塩水が浸水し、栽培が難しくなりました。とはいっても、元々のイチゴ栽培も、燃料費の高騰などが重なり、栽培農家の収益が減り続けて、下り坂の事業でした。ただ復興させるだけでは、埒があかないと著者は考えます。
 
地方は昔から特産品で勃興していました。ベネチアはベネチアングラスというガラス製品、平泉は馬を特産品にしていました。
イチゴなら山元町の多くの農家にノウハウがあり、気候も栽培に適していることがわかっています。イチゴはポテンシャルのある果物でした。ミカンの消費は一時期の半分くらいに落ちていますが、イチゴは伸びています。
 
著者はイチゴ栽培について素人だったので、被災した農家を含めた、多くの人に話を聞きにいきます。先に自分でも勉強して行けば、より真剣だとみなされ多くの話を聞くことができます。
井戸水を掘ってみたり、ハウスを建てたりといったことも、実際に行動し、周囲に助力を頼み、筋があると認められるようになります。
 
著者はマーケティングと研究を視野に入れます。
というのも、大半の農家は、研究もマーケティングも農協に任せ、ただ作るだけです。
そのため品種や売り方に工夫が効かず、どれだけ多くを安く作れるかに依存し、人件費や燃料費がつねに収益を圧迫します。
農協経由で売れば、イチゴのパックに山元町とは書けず、宮城県産としか表記できない決まりです。
 
著者はオランダにも視察に行き、スマートアグリと呼ばれるテクノロジーを導入することにしました。
旧来型の農業では、経験でしか農作業ができず、収入の割には重労働で、若手も寄り付かない状態になりがちです。
国や研究所もそうしたテクノロジーを後押ししています。5億円の設備投資が必要になり、融資と自腹での借金で賄いました。融資を受けるには、ビジネスの展望が魅力的である必要があります。
 
「説明責任で大切なのは、以下の3つだ。
①その仕事が儲かるか。
②潰れないか。
③社会的意義があるか。
そしてそれを、細かく、具体的に、流れるようなストーリーで語れることがポイントだ」(122ページ)
 
イチゴ農家の人件費の多くが、パック詰に使われているそうです。イチゴの値段は他の果物より高い印象がありますが、パック詰のコストだったのだろうか。著者はそれを避けるために、箱に入れるだけで成り立つような梱包方法を考えて、コストカットをしていきました。
 
著者は伊勢丹に売り場を持ちたいと考え、バイヤーと話をつけますが、味が薄いなどと厳しいダメ出しを受けます。
ある冬に高値で売れるクリスマスケーキ用のイチゴの注文を受けたのですが、寒くてイチゴが赤くならないというハプニングがありました。近隣の農家から集めたり、市場で高値で買って補填する羽目になりました。
彼らのイチゴは改良を重ね、伊勢丹で売ることが決まりますが、売り場に行ってみると、なんと一粒1000円で売っていました。
 
一般のイチゴの出荷は、摘んでから売り場に並ぶまでに3ー5日かかるので、まだ赤くならないうちに詰むことが多いそうです。彼らは独自に東京の市場まで運んでくれる運送屋を通したので、1日で売り場に届き、完熟してから摘んで、美味しい状態で手に取ってもらうことが可能になりました。
 
「農家はそれを逆算して、店頭に並ぶ頃にちょうどいい状態になるよう、イチゴが6〜7割しか熟れていないのにカットする。たしかにイチゴは「追熟」といって、摘んだ後も少しづつ赤くなっていくのだが、変わるのは色だけで甘味は乗らない」(170ページ)
 
インドのビジネスマンが日本に視察にくることがあり、被災地でもイチゴの栽培に成功しているのを見て、インドでもできるのではないかと著者に話を持ってきました。
インドのイチゴ栽培はソーシャルインパクトを持っています。多くの貧しい労働者に収入が得られるし、イチゴの消費市場は伸びています。
インド人は完成度の高いイチゴを、日本人しか作れないと思っていましたが、ノウハウを伝えるとインド人でも再現できることがわかりました。
 
彼らは、サウジアラビアにも進出しています。サウジアラビアでは、富裕層が高級なフルーツを消費します。砂漠が多いので食料は輸入に頼っていますが、少しづつ自前での栽培もはじめています。しかしサウジアラビアは観光ビザを出さないので、気軽に入国するのが難しく、一旦、断念しています。
 
「そもそも可能性のないときに波は来ない。波が来た時に乗らないと、その波は二度と来ないのだ。
今回のインド進出にしてもそう。話が持ち上がったとき、まだ被災地は停滞していた。そういう状況において、起爆剤となりえるようなニュースが必要だった。よくも悪くも落ち着いてしまった被災地に刺激を与えるためにも、インドにいくという意思決定をしたのだ」(185ページ)
 
 
 
 
 

black echo

The Black Echo (Harry Bosch Book 1) (English Edition)
Connelly, Michael
Orion
2012-07-19
有名なボッシュ刑事シリーズの1番初めの話です。
ヒエロニムス(ハリー)・ボッシュは、ベトナム帰りの刑事です。
ダムの水路で見つかった死体の肩には、ベトナム戦争のときに流行していたタトゥーが彫られていました。その遺体は、メドウズという同じ戦場に従事していたボッシュの友人でした。
ダムの水路はホームレスやジャンキーが住処にしていて、彼も薬物中毒で死亡したのではないかと推測されていました。
ボッシュはその日、当番で、その遺体を直接目にし、他殺ではないかと推測します。
ボッシュが訪れると、メドウズのアパートは荒らされていました。戸棚の奥に質屋の引換券があり、ボッシュはその質屋に行きます。しかし、その質屋も強盗にあっていました。警察を呼んだんだが来なくて困っていたと言われます。ロサンゼルスの警察は強盗程度ではあまり熱心に捜査しないんだが、何とかメドウズが質に入れたブレスレットのことを聞き出します。
そのブレスレットを警察のデータベースで調べると、以前、銀行強盗で盗られた品の1つでした。
 
 
 
 
 

勉強の哲学 来るべきバカのために

勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版 (文春文庫)
千葉 雅也
文藝春秋
2020-03-10
 
「これから説明するのは、いままでに比べてノリが悪くなってしまう段階を通って「新しいノリ」に変身するという、時間がかかる「深い」勉強の方法です。
勉強を深めることで、これまでのノリでできた「バカなこと」がいったんできなくなります。「昔はバカやったよなー」というふうに、昔のノリが失われる。全体的に、人生の勢いがしぼんでしまう時期に入るかもしれません。しかし、その先には「来るべきバカ」に変身する可能性が開けているのです。
(中略)
まず、勉強とは、獲得ではないと考えてください。
勉強とは喪失することです」(14ページ)
 
私たちは普段、何も考えないで、周囲に合わせて生きています。
おおかたの行動は自動化されています。
周囲の世間話にあわせ、その場に適した行動をとります。
勉強は、それを客観視します。
なぜそういうノリなのだろう?どうしてそういう行動が求められるのだろうか?と立ち止まって考えます。
私たちは普段、無意識に言葉を使っていますが、言葉は多くの人が理解しあえるように、用法が決まっているものです。りんごをりんごと呼ぶことに、とくに根拠はありません。
しかし言葉は現実と違った使い方をすることもできます。「りんごは青い」と敢えて言ってみることもできます。
専門の勉強には、構築とか他者性といった独特の用語使いと世界の捉え方が出てきます。
それによって世界の見え方も勉強する前とは変わってきます。
 
ツッコミとボケというような作法があります。
ツッコミはアイロニーともいわれ、そもそも、その話の根拠は何?という批判の視線です。
不倫を非難する世間話をしていたら、不倫の何が悪いのか?とだしぬけに聞いてみるようなことです。
不倫がいけない理由が、人を悲しませることだとしたら、悲しみとは何なのか?といったように、アイロニーは再現なく発動していきます。人々が共有していたコードが突き崩されます。
ボケはユーモアで、もう少しゆるいものです。
知り合いの恋愛のもつれの話をしていて、Bが悪いとか、Aが気の毒だといった話をしているときに、痴情の絡れは音楽に似ているよね、などというような一見、ズレた発言です。
 
「勉強は2つの方向できりがなくなるーー追求と連想、アイロニーとユーモアです。言い換えれば、「深追いのしすぎ」と「目移り」になる。勉強はアイロニーが基本なので、「深追いしているうちに目移りしてしまう」というのがよく起こることです。
(中略)
「最後の勉強」をやろうとしてはいけない。「絶対的な根拠」を求めるな、ということです。それは、究極の自分探しとしての勉強はするな、と言い換えてもいい。自分を真の姿にしてくれるベストな勉強など、ない」(131ページ)