木原 善彦
彩流社
2017-01-23
実験小説には、ストーリーらしきものは無いことが多いです。
ストーリーがなくても、書き方が面白いので、読めることが多いです。実験小説は、文体に凝っている可能性が高いので、文体に興味があれば、面白そうです。
元々、小説はnovelといわれて、新しいものを指していました。実験小説が次々に生まれるのも、小説の起源に沿っています。
実験小説は、いかにも難しそうで読むのが気が引けます。この本は、引用と解説が充実していて、面白そうだと思ったら、買ったり図書館で借りたりして読めるようになっています。
メタフィクション
小説内で主人公の書いている小説が、その小説そのものだったりします。
マルチメディア性
速記で書いた文章があったり、書簡や新聞記事が混じったりします。
シュルレアリズム
文法的にはあっているが、脈絡のない文章があります。
ジェームス・ジョイス「ユリシーズ」
ユリシーズはギリシアの「オデュッセイア」を下敷にしています。三人称に内心の声が混じったりして、独特の文体になりますが、こういう小説は現代では珍しくなくなりました。
「”彼女”という指示対象不明の代名詞をいきなり用いているのは読者に対して不親切だ」「発話と思考の地の文が見分けにくい」「不完全で断片的な文が多い」という批判は、ですから、モダニズム以降の小説に対しては当てはまりません。伝統的な小説の語りが上手な落語家のようにうまく間を取りながら、笑える部分や泣ける部分で目配せしてくれるのと対照的に、『ユリシーズ』みたいな小説は、突っ込みのいないぼけだけの漫才に似ています。ですから、読者は漫然と話をたどるのではなく、自らツッコミ役となり、要所要所で突っ込まなければ作品の面白さを十分に味わうことができません。ややおおげさに言うなら、「なんでポケットにじゃがいもが入ってんねん?」「”反射”か”屈折”か分からへんのかい!」「”5フィート9センチ半”って細かすぎるやろ!」などと考えながら読むべきだ、というわけです」(32ページ)
ウラジーミル・ナボコフ『青白い炎』
「青白い炎」という長い詩に、ロシア文学者のキンボードが注釈をつけたという体裁になっています。しかしキンボードは自分をゼンブラ国から亡命してきた王だと思っていて、「青白い炎」に暗殺者が潜んでいるという妄想に取り憑かれています。
類書:
ウィリアム・ゴールディング『後継者たち』
J・ベルンレフ『アウト・オブ・マインド』
フリオ・コルタサル『石蹴り遊び』
冒頭に、2通りに読めると書かれています。普通に読むか、73ー1ー2ー116ー3……などと指定表に沿って各章を読むかです。
ウォルター・アビッシュ「アルファベット式のアフリカ」
作家はボキャブラリーが豊富なので、制約があっても文章を作ることができます。最初の章は、Aで始まる単語しか使っていません。次の章はBも使えるようになります。少しづつ使える文字が増えていきます。
類書:
筒井康隆『残像に口紅を』
ウィリアム・ギャディス『JR』
セリフがたくさん書いてあり、誰が言ったのかが書いていないことが多いです。書いてあることは株で成功する小学生で、加熱する資本主義です。
類書:
ウィリアム・ギャディス『カーペンダーズ・ゴシック』
マヌエル・プイグ『蜘蛛女のキス』
イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』
「あなた」がこの本(「冬の夜ひとりの旅人が」)を読み始め、途中で乱丁があることに気がついて書店に交換にいったりします。
類書:
ミシェル・ビュトール『心変わり』
ジェイ・マキナニー『ブライト・ライツ・ビック・シティ』
ハザール事典
ハザールの可汗(君主)が、不思議な夢を見て、その夢の解釈をうまくできた学者の宗教に、ハザールを挙げて改宗すると表明しました。その事件を、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の3つの資料から読み解く構成です。
「赤色の書」「緑色の書」「黄色の書」があり、しおりも3つついています。インターネットのハイパーテキストのようになっています。
デイヴィット・マークソン『これは小説ではない』
全ての文章が、何らかの他の記事からの引用でなりたっています。
「1910年の12月ころ、人間の性格が変わったのです」というのはヴァージニア・ウルフの発言ですが、続く「そうです、ヴァージニア」というのは、新聞のサンタクロースがいるかどうかという子供の質問の回答欄からの引用です。
「近代の人々は、表層に現れる小さな物語たちの向こう側に、それらを支える大きな物語を見ていました。そして、小さな物語たちの意味を決定していたのも、向こう側にあるはずの大きな物語でした。つまり、表面的には語りが断片的にも見える『ユリシーズ』の向こう側には、明らかに1つの宇宙が想定されていたのです。ところが、ポストモダン文化にあってはそれと対照的に、表面に現れる小さな物語たちは、向こう側にある大きな”非物語”、すなわちデータベースから生まれてきます。そして、小さな物語たちの意味はデータベース内では決定されておらず、それを決めるのは読者の側です」(200ページ)
類書:
レナータ・アドラー『ピースボード』
